流れに身を任せるということ

 27, 2016 20:48
流れに身を任せるということを

「考えないこと」や

「選択しないこと」

「行動しないこと」

という意味で使う場合があるけれど

流れに身を任せるということは

多くの場合

流動性があり

柔軟性があり

考えないことでも

行動しないことでも

選ばないことでもなかったりします。



流れに身を任せるときは

よく

すでに状況が変化していて

今まで通りではなくなったことを指し示すこともあるし

すでに自分の能力や才能や

向かうべきことや

使命などに気が付いているのに

実際の行動に移る勇気が持てないときにも使われます。



流れに身を任せていると

状況や環境の変化に合わせて

勉強が必要になったり

努力が必要になったり

自分の行動をその状況や環境に合わせる必要があるときもあります。


その変化に柔軟に行動することは

「流れに身を任せる」ことになります。

流れに身を任せるということは

自分の人生の主導権を完全に何かに明け渡すことじゃなかったりします。

流れに身を任せるということは

何も考えないことでもなかったりします。

もちろん

努力をしないということでもなかったりします。



水が高いところから低いところに流れ落ちるように

人生の中で「滝」のような状況を

飛び降りるような勇気のいることが目の前に現れたら

抵抗したくなると思う。

だけどそれもひとつの

流れに身を任せるということだし

流れの穏やかな場所で

動いているのか動いていないのかわからないような状況でも

流れに身を任せるということだったりもします。



一言に流れに身を任せるといっても

一人一人違う魂の学びの中では

状況や実際の行動はまったく違う状態になります。



だから

インディゴチルドレンであるあなたが

上手に流れに身を任せていても



どうして流れに身を任せようとしないの?



と人に言われることもあるかもしれない。

流動的で柔軟な君の生き方は

ある人から見たら

流れに抵抗しているようにしか見えないかもしれない。

だけど

どうしようもない事実として

魂の学びとは

ある人は80年間で学ぶことを

ある人は240年くらいかけて学ぶし

ある人は32年間で終えることもある。

それを「どうしてお前はそんなんなんだ」という人がいるけど

それはそっちの人が受け入れてもらうしかない。

違うものは違うんです。

だからって

おんなじように320年

来世も来世も来世もこれをするようには

できていない。

だからこっちも「違う」ということを受け入れるしかない。

だけど「違う」ということを受け入れていくことは

面白いことだし

みんなが違うからみんなが魅力にあふれているんだと思う。



だから流れに身を任せていると

時々

人に理解さえないことになるときもある。

だけど大丈夫。

あなたを本当に大事に思う人なら

結果、

あなたが幸せならOKだから心配しないで大丈夫。




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流れに身を任せていると

時々自分が違う何かになったように感じることがあるかもしれません。


それでも

水は凍っても水だし

濁っても水だし

海で塩辛くても水だし

蒸発しても水だし

雲になっても水だし

雨になっても水だし

木の葉の上でも水だし

川になっても

滝になっても水だったりするみたいに


あなたはいつでも何をしていても

あなたなので大丈夫。



   ブラック

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